未来と現在の分断〜オーストラリアの夜の街から〜

オーストラリアの深夜はほとんどお店が営業していない。

日本はどれだけ便利なんだと思うのだけど、オーストラリアの社会の方がいいとい思う。

裏を返せば日本社会では生産者が非常なほどに無理をしていて、消費者が天国を享受している。

給料を下げて、下げて、一人当たりの労働時間を高めて、それでも、労働力不足などにより、生産性の向上が求められている。

ちなみにオーストラリアの最低賃金は学生は時給$17なのだか、オーストラリアの中でもジャパニーズレストランと呼ばれるものは日本と同じような商売をして、多くが違法に低賃金、長時間労働の営業をしている。

このような社会は少子高齢化が起きて当然だろう。子供を産む余裕も養う余裕もない。オーストラリアでは、少子高齢化が果たして起こるだろうか。

この世代さえ良ければよい。自分たちさえ良ければいい。子供もいないし。今さえ良ければよい。この分断の発想が問題を引き起こしているのではないか。

分断は現存するコミュニティの間だけに起こっているのではなく、未来と現在との間にも起こっている。