人と人とが助け合う協力「民際協力」を実践する「パルシック」

パルシックというNGO団体

地球の各地で暮らす人と人が、国家の壁を越えて助け合い、支え合い、人間的で対等な関係を築くことを目指している。

民際協力とは? 

際?際?

民際(ミンサイ)とは - コトバンクによると、民際とは「国家や政府間で行われる交流に対して、市民や民間団体による国の枠を超えた交流。」とされている。国という縛りを取り払い、民間レベルでの集団と集団の枠を超えた助け合いを行っていくということであろう。パルシックの活動内容を見ていても、例えば、東北大震災があったときは震災後から6年間東北の人々の自立を支援する活動を行ってきたという国内での活動も行っている。これは、軸が国と国同士の援助というものではなく、もっと民間レベルでの助け合いを軸に置いているからこその活動といえる。

国民国家という壁を取り外して自立的に助け合える世界を作っていくために…

地球上の人々が助け合いをしようとするときに、集団というものが時に邪魔な存在となることがある。それは、集団間関係論でもしばしば語られる「内集団ひいき」という心理が働くからだろう。この「内集団ひいき」を取り除いた状態での助け合いの関係を築いていくためにも、「民際協力」という形態に大きな可能性を感じる。

パルシック曰く、民際協力を実現していくための最初の入り口としては、「人びとの自立的で持続可能な暮らしと経済を成り立たせるような経済自立支援=生業支援において、産品の市場を確保するということ」であり、それを経て10年スパンの長い関係性を経て、「支援ー被支援」という関係性から「相互支援」という関係性への転換を図っている。

助け合いは、まず誰かを助けてから始まるというイデオロギー

このような地図を描いて活動しているパルシックの青写真には、助け合いをしようと思うと、まず誰かを助けることから始める必要があるんだというイデオロギーが出発点にあるような気がした。つまり、本来は、グローバル経済世界の中で殴り合いではなく、助け合いの精神が根付いた世の中になればいいのだけど、それは原理原則として、困っていない人に対して助け合いをしましょうと言っても通じないという原理があるのではないだろうか。

御恩とご奉公という原理で動いていた時代を持つ日本であるが、このような時代と照らし合わせてパルシックの活動を見ることができるのではないだろうか。

結果的に、日本ではこの関係性は消滅していったという落ちになるのだが、いかにして助け合いの関係性を築いていったのちにそれを長く続けて、世の中の「当たり前」にしていくことができるのか。ここまで考えていく必要があるのではないだろうか。